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東京地方裁判所 平成11年(ワ)6489号 判決

原告 高崎一夫

訴訟代理人弁護士 小沢誠

被告 学校法人健康科学学園

代表者理事 小玉昭彦

訴訟代理人弁護士 辰野守彦

同 八代英輝

同 小高賢

同 武澤朋子

同 根本良介

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、七一八万二〇〇〇円及びこれに対する平成一一年四月九日から完済まで年五分の割合による金銭を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、弁護士である原告が、株式会社エレンス等に対する別件訴訟の提起・追行を委任した被告に対し、右の委任事務処理に関する特約に基づく報酬金(いわゆる「みなし報酬金」)の支払を求めた事案である。

一  基礎となる事実

1(当事者)

原告は、東京都千代田区神田須田町に事務所を有する弁護士である。

被告は、昭和六〇年三月二五日、健康科学を専門課程とする私立専修学校の設置を目的として私立学校法六四条四項に基づき設立された準学校法人である。

2(本件委任契約の締結)

原告は、平成一〇年二月一三日ころ、被告(以下、別件訴訟に関連する場合は、紛らわしさを避けるため、「学園」ともいう。)の理事であった兒島英也(以下「兒島」という。なお、兒島は、同年三月二四日、理事長に就任した。)から、左記事件についての訴訟の提起・追行を委任され、これを受任した(以下「本件委任契約」という)。

<1>  原告・学園、被告・株式会社エレンス間の東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第二八二四号債務引受金請求事件

<2>  原告・学園、被告・株式会社バイオックス及び株式会社ジャパンバイオ研究所間の東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第三五一八号寄附金請求事件

なお、<1>と<2>の事件は、平成一〇年四月七日ころ、併合審理されることとなった〔甲五号証〕(以下、これらの訴訟事件を「別件訴訟」という。)。

3(別件訴訟における和解交渉)

原告は、別件訴訟の進行について、かねて兒島より早期解決方を希望されていたところから、裁判所に対し早期に和解による解決を図りたい考えである旨を伝え、別件訴訟は、平成一〇年四月二八日の期日から和解の話合いに入ることとなった。

そして、次回の同年五月一二日の期日にも、和解の交渉が進められた。

〔甲五号証〕

4(原告の解任・本件委任契約の終了)

しかし、平成一〇年五月一三日開催の被告の理事会において、別件訴訟における和解の交渉を中断すべきであるとの決議がされ、兒島理事長は、同日、被告に対し辞任届を提出した。

そして、原告は、同月二一日、被告から別件訴訟の訴訟代理人を解任する旨の通知を受け、本件委任契約は終了した。

〔甲八号証、乙八、一四号証〕

5(報酬金の支払に関する特約-「みなし報酬金」)

本件委任契約にかかる報酬について、「委任契約書」〔甲一号証〕(以下「本件委任契約書」という)五条一項は、「委任契約に基づく事件等の処理が、解任・・・により中途で終了したときは、受任弁護士は、依頼者と協議のうえ、委任事務処理の程度に応じて、受領済みの弁護士報酬の全部もしくは一部を返還し、または弁護士報酬の全部もしくは一部を請求するものとする。」と規定し、同条三項は、いわゆる「みなし報酬金」について、「第一項において、委任契約の終了につき、受任弁護士に責任がないにもかかわらず、依頼者が受任弁護士の同意なく委任事務を終了させたとき、依頼者が故意または重大な過失により委任事務処理を不能にしたとき、その他依頼者に重大な責任があるときは、受任弁護士は、弁護士報酬の全部を請求することができる。ただし、弁護士が委任事務の重要な部分の処理を終了していないときは、その全部については請求することができない。」と規定している。また、本件委任契約書においては、報酬金の額は弁護士会の報酬規定によることとされている。

なお、原告は、別件訴訟の提起・追行を受任するに当たり、被告から着手金として一二五万円の支払を受けた。

二  争点

本件の主要な争点は、まず、

<1>  本件委任契約の終了につき、受任弁護士である原告に責任がないにもかかわらず、依頼者である被告が原告の同意なく委任事務を終了させたか否か、等、本件委任契約書五条三項本文が規定する事由の存否(なお、この事由の存在については、原告が主張立証責任を負う。)である。

右の事由が存在する場合には、次に、

<2>  原告が本件「委任事務の重要な部分の処理を終了していない」か否か、すなわち、本件委任契約書五条三項但書が規定する事由の存否(なお、この事由の存在については、被告が主張立証責任を負う。)が争点となる。

三  争点に関する当事者の主張

【原告】

1(本件委任契約の終了につき、本件委任契約書五条三項本文が規定する事由が存在することについて)

委任者である被告は、受任弁護士である原告に責任がないにもかかわらず、その同意を得ることなく、突然、原告を解任し、本件委任契約を一方的に終了させたのであるから、本件委任契約の終了について、本件委任契約書五条三項本文が規定する「委任契約の終了につき、受任弁護士に責任がないにもかかわらず、依頼者が受任弁護士の同意なく委任事務を終了させたとき」との事由がある。

被告が別件訴訟を和解で解決する方針から和解をしない方針へ転換したとしても、その場合は、新しい方針に従って原告に訴訟を担当させれば済むことであり、直ちに原告を解任する必要はなかったはずである。原告を解任することは、原告の報酬金を受ける期待権を不当に奪うものである。原告は、当時の理事長であった兒島の方針に従って、別件訴訟について和解を進めていたものであって、何ら背信的な行動をとっていたわけではない。兒島が辞任した結果、被告の経営権を反対派が握り、別件訴訟の追行方針の転換や今後の進め方等について何らの説明も打合せもしないまま、兒島と親しかった原告を理由なく解任したのである。また、被告は、別件訴訟の和解には理事会の承認が必要であったことを問題とするが、理事会の承認を得ることは理事長等被告の経営者がやるべきことであって、訴訟代理人である原告の職責に属する事柄ではない。

2(みなし報酬金の額について)

したがって、原告は、被告に対し、本件委任契約書五条三項本文に基づき弁護士報酬の全部を請求することができるところ、右の別件訴訟の和解においては、少なくとも請求金額(総計一億八二〇〇万円)の半分の九一〇〇万円は回収できる見通しであったのであるから、弁護士会の報酬規定によれば、原告は六八四万円(標準額)のみなし報酬金が受けられることになる。

3(被告の主張2に対する反論)

別件訴訟は、平成一〇年五月一二日の期日までの和解交渉により、別件訴訟の被告側との間では、被告側が少なくとも寄付金額(全体で六億二〇〇〇万円)の約半額(三億二〇〇〇万円)を学園に支払う(和解成立時に頭金六〇〇〇万円を支払い、その後は一か月二〇〇〇万円ずつ支払う。)という内容でほぼ合意が形成されつつあり、当時、学園は大筋でこれを受け入れる方針であったので、学園の突然の方針の転換や原告の解任という事態がなければ、次回の五月二七日の期日にも和解が成立する見通しであった。したがって、原告は、本件「委任事務の重要な部分の処理を終了してい」たというべきである。

4(相当のみなし報酬金の請求について)

仮に、本件において委任事務の重要な部分の処理を終了していたといえないとしても、原告は、本件委任契約書五条三項但書により、みなし報酬金の全部を請求することができないだけであり、処理した委任事務の程度に応じて、相当のみなし報酬金の請求をすることができるところ、本件においては、右のような諸事情からみて、この相当報酬額はみなし報酬金全額の半額である三四二万円(消費税込みで三五九万一〇〇〇円)である。

【被告】

1(原告の主張1に対する反論)

原告の主張1は争う。被告が、突然、一方的に原告を解任したということはない。被告は、平成一〇年五月一三日開催の理事会において別件訴訟を和解により解決するという方向性を中断することが議決されたことを受けて、翌一四日、その旨を原告に連絡したところ、原告は「成功報酬として二〇〇〇万円を払えば中断する」などと応答し、理事会の決議に従わなかった。このため、被告は、翌一五日、原告に対し、訴訟の中断を指示する内容証明郵便を送付したが、原告からは何の応答もなかった。それまでにも、原告は、当時は単なる理事の一名に過ぎなかった兒島理事の発行した委任状により別件訴訟を提起し、その後も訴訟の経過を兒島理事(長)以外の理事に対し説明も報告もせず、兒島理事長の意向のみに従い、他の理事らの意向の確認をしようともせずに和解を進めるなどの行動をとっていたところから、被告は、原告に対する信頼を完全に失い、原告を解任することとし、同月二一日、これを原告に通知したものである。

また、弁護士が訴訟代理人となって、本人の同意を得られないことが予想されるような和解を成立させることは、特段の事情のない限り委任の本旨に反し、善良な管理者の注意をもって委任事務を処理しなかったものというべきところ、原告は、被告の理事らの意向を確認することなく、後記2の第二段のとおり、客観的には被告の同意を得ることができない内容の和解を成立させようとしていたものであって、原告は善管注意義務を尽くさなかったものというべきであり、本件委任契約書五条三項本文の「受任弁護士(である原告)に責任がない」とのみなし報酬金請求の要件を充足していないものである。

右のように、被告が本件委任契約を終了させたことについて、本件委任契約書五条三項本文の規定する事由は存在ない。

2(抗弁―委任事務の重要な部分の処理が終了していないことについて)

別件訴訟における和解の話は、当事者双方がそれぞれその可能性を検討しているという程度の段階であったのであり、原告の主張する和解の骨子は重大な債務免除を伴う分割支払であるが、その履行に対する確保は何ら検討されていなかったのであり、およそ「委任事務の重要な部分の処理を終了してい」るなどという状況ではなかった。

また、被告の寄附行為によれば、被告が権利の放棄をしようとするときは理事会において理事総数の三分の二以上の議決がなければならないとされているところ、当時、被告の理事は七名であったが、高橋昭(事務局長を兼務。以下「高橋」という)、須田ユリ、風見昌利の少なくとも三名の理事は明確に原告が進めていた和解に反対していたのであって、被告として巨額の債権の放棄を伴う和解をすることができるような客観的状況にはなかったのであるから、あと一、二回の期日で和解が成立するはずはない。

なお、別件訴訟は現在も係属中であるが、別件訴訟について原告が行った事務は、三か月の間に四、五回、期日に出頭し、書面としては訴状二通と準備書面二通を作成し、裁判所に提出したに過ぎない。本来であれば、本件委任契約書五条一項により、受領済みの着手金の返還すら申し出てもおかしくない事案である。

第三当裁判所の判断

一  事実経過について

本件における別件訴訟の提起・追行、和解交渉の経緯、原告の解任・本件委任契約の終了の経過等については、前示の基礎となる事実のほか、次のとおりの事実を認めることができる〔甲五、八、九号証、乙八、九、一一ないし一六号証、証人須田ユリの証言、原告本人の供述、弁論の全趣旨〕。

1  被告は、橋本幸雄(以下「橋本」という)が経営する株式会社ナチュラルグループ本社を中核企業とする「ナチュラルグループ」を実質的な設立母体とする準学校法人であり、運営資金等としてナチュラルグループ各社から総額一〇億円ほどの寄附金を受けることを予定していたが、ナチュラルグループ各社の経営状況が思わしくなくなったことなどから、その大部分が入金されないまま推移し、そのため必要資金を銀行借入れによって賄うなどしていたことなどから、経営が厳しい状況が続いていた。

被告の原告に対する別件訴訟の提起・追行の依頼は、このような被告の窮状を打開しようとしたものであった(なお、被告は、平成一〇年一二月一〇日、東京地方裁判所に対し、株式会社ナチュラルグループ本社を被告として、請求金額五億九五〇〇万円の寄附金請求訴訟を提起している。)。

2  原告は、平成六年二月ころ、当時の被告の理事長であった兒島と面識を得て、兒島の依頼により、ナチュラルグループ各社に対し寄附金の支払を求める交渉等に関与するなどしており、別件訴訟の提起・追行を依頼された平成一〇年二月当時は被告の法律顧問の立場にあった。

なお、兒島は、平成四年四月一日から平成九年三月三一日まで被告の理事長であったが、平成九年四月一日からは橋本が被告の理事長に就任した。その後、平成一〇年三月二四日、被告の運営に関連する理事らの間における意見の対立などから、橋本が退任し、同日、兒島が再び被告の理事長に就任した。

3  別件訴訟の平成一〇年四月二八日の期日において、別件被告側から、学園が未だ提訴をしていないナチュラルグループ本社の関係も含めて和解することとし、ナチュラルグループ本社を含めた寄附金残債務の合計六億二〇〇〇万円のうち、三億円をカットし、残りの三億二〇〇〇万円について、和解成立時に六〇〇〇万円、同年六月から一〇月まで毎月二〇〇〇万円ずつ、翌年も六月から一〇月まで毎月二〇〇〇万円ずつ、その翌年は六月から八月まで毎月二〇〇〇万円ずつ、分割して支払いたいとの提案がされた。

そこで、原告は、同年五月一日、原告の事務所において兒島理事長、高橋事務局長らと右の別件被告側の提案について打ち合わせたところ、兒島理事長からは、「結構です。原告に一任します。」との意向が示された。

4  右の兒島理事長の意向を踏まえて、原告は、同年五月一二日の期日において、学園の訴訟代理人として、別件被告側に対し、右の和解案を大筋で受け入れることとしたいが、株式会社エレンスは支払能力があり、不動産も所有しているのであるから、請求金額三〇〇〇万円の全額を支払ってほしい、また、別件被告側四社は連帯責任を負うことにしてほしい、と要求し、この二点について、別件被告側が、次回期日である同月二七日までに検討することとなった。

5  ところが、平成一〇年五月一三日開催の被告の理事会においては、右のような内容の和解をした場合には、債権額が約半分の三億円程度に減額されてしまい、デメリットが大きいなどといった意見が大勢を占めるに至り、学園としては、和解の交渉を含め、裁判(の進行)を中断することが得策であるとの判断に達し、その趣旨の決議がされた。なお、兒島理事長からは、被告に対し、同日付けで理事の辞任届が提出された。

6  同月一四日、被告の総務課長である慶野隆が原告に対し電話をし、理事会において、和解交渉を含め裁判(の進行)を中断しようという決議がされたことを伝えたが、原告からは、和解交渉を直ぐには中断しない旨の考えが示された。

そこで、被告は、同月一五日付けの「通知書」をもって、原告に対し、同月一三日開催の被告理事会において、別件訴訟(の進行)を中断することに決定したこと、ついては、至急、訴訟の進行を中断する手続を取ってもらいたい旨を通知し、右の通知は、同月一八日、原告に到達した。

7  これに対し、原告は、同月一九日付けで、被告の各理事に対し、別件訴訟の提起に至る経緯や、別件訴訟における和解交渉の経過等について説明するとともに、各理事の良識ある行動と慎重な決議を希望する旨を記載した書面を送付した。右の書面は、別件訴訟の提起・追行等に関する原告の功績ないし尽力を強調するとともに、前記の理事会における和解交渉を含め裁判(の進行)を中断しようという意思決定について、軽率で良識に欠けた行動であるとし、再考を促すような調子のものとなっている。

8  翌二〇日、原告からの右書面を受領した被告の理事の大勢は、原告が被告の右5の裁判の進行中断の意思決定に従うつもりはないものと受け止めた。

また、同日開催の被告の理事会において、兒島理事長の辞任が正式に受理され、須田ユリが理事長職務代理に選任された。

翌二一日、被告は、別件訴訟の次回期日である五月二七日が迫っていることや、前記6の速やかに訴訟の進行を中断する手続を取ってもらいたい旨の被告からの通知に対する原告の右7のような対応状況からすると、原告において、理事会の意思決定を無視して、別件被告側と和解を成立させてしまう可能性があるのではないかと危惧し、原告を解任することとして、同月二一日付け「通知書」をもって、その旨を原告に対し通知した。

9  被告は、平成一〇年五月二七日、裁判所に対し、同月二五日付け「上申書」をもって、代理人弁護士が交代することを理由として期日の延期を申請するとともに、原告を解任したこと及び原告を訴訟代理人に選任した兒島が理事を辞任したことを報告した。

なお、原告は、同日の期日に、兒島を伴って裁判所に出頭し、被告の訴訟代理人として行動した。原告としては、別件訴訟の和解を右の期日で成立させるつもりで出頭したのであるが、担当裁判官から被告の右「上申書」を示され、期日は延期することとされたため、和解を成立させることはできなかった。

二  争点<1>―本件委任契約書五条三項本文が規定する事由の存否―についての判断

1  基礎となる事実5のとおり、本件委任契約書五条三項本文は、みなし報酬金請求権の発生要件に関して、委任契約の終了につき、<1>受任弁護士に責任がないにもかかわらず、依頼者が受任弁護士の同意なく委任事務を終了させたとき、<2>依頼者が故意または重大な過失により委任事務処理を不能にしたとき、<3>依頼者に重大な責任があるとき、の三つの場合においては、受任弁護士は、弁護士報酬の全部を請求することができる旨を規定している。

2  そこで、本件について、右の本件委任契約書五条三項本文が規定する事由が存在したか否かについて検討すると、基礎となる事実2ないし4及び前示一に認定・摘示した別件訴訟の提起・追行、和解交渉の経緯、原告の解任の経過等に関する事実関係に照らせば、本件の事案が、本件委任契約書五条三項本文が規定するみなし報酬金請求権の発生要件のうちの、<2>の「依頼者が故意または重大な過失により委任事務処理を不能にしたとき」にも、<3>の「依頼者に重大な責任があるとき」にも該当しないものであることは明らかであるということができる。

3  次に、本件の事案が、本件委任契約書五条三項本文が規定するみなし報酬金請求権の発生要件のうちの、<1>の「受任弁護士に責任がないにもかかわらず、依頼者が受任弁護士の同意なく委任事務を終了させたとき」に該当するか否かについて検討する。

(一) ところで、本件委任契約書五条三項本文が規定するようなみなし報酬金請求に関する特約の趣旨は、受任事件の処理をするに当たり、勝訴等依頼の目的を達した場合について約束された報酬金に対する弁護士の期待を、依頼者の恣意による解任等により喪失することを防ごうとするものであるから、解任について受任弁護士に責任がない場合、すなわち、受任弁護士に委任契約上の善管注意義務違反が認められない場合であっても、同時に、依頼者の側にも解任について責任を認めることができない場合には、本件委任契約書五条三項本文の右<1>の事由には該当しないものと解するのが相当である。このことは、民法六五一条(委任の相互解除自由の原則)及び同法一三〇条(条件成就の妨害の効果)の規定の趣旨に照らしても、また、本件委任契約書五条三項本文の右<2>及び<3>が、依頼者に「故意または重大な過失」があること、あるいは「重大な責任」があることをみなし報酬金請求権の発生の要件としていることとの均衡上からも、当然というべきである。

(二) そこで、右の観点から、本件について考察すると、基礎となる事実2ないし4及び前示一に認定・摘示した別件訴訟の提起・追行、和解交渉の経緯、原告の解任の経過等に関する事実関係に照らせば、原告の解任に関して、受任弁護士である原告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったものと認めることはできないというべきである。

すなわち、原告は、被告の理事長であった兒島の意向を受けて、別件訴訟につき、早期和解による解決をめざして訴訟代理人としての活動を行ってきたのであり、その結果、和解の基本的な内容については別件被告側と概ね合意が形成されつつあったところ、平成一〇年五月一三日開催の被告の理事会において、別件被告側に対する債権額を約半分の三億円程度まで減額してしまうような内容の和解ではデメリットの方が大きいなどといった意見が理事らの大勢を占めるに至り、早期和解による解決という従前からの被告としての方針が覆されたのであり、結局、この被告の別件訴訟の追行に関する方針の変更が原告の解任に繋がったものと認められるところである。

確かに、原告は、右の訴訟追行方針の変更に伴って被告からされた、至急、訴訟の進行を中断する手続を取ってもらいたい旨の依頼に直ちに応じようとせず、却って、理事らに対し、別件訴訟の早期和解による解決というそれまでの訴訟追行方針を変更しようとする理事会の意思決定は軽率で良識に欠けた行動であるとし、理事らに再考を促すような調子の書面を送付するなどし(前示一6、7)、このことが、従前から、原告に対し、別件訴訟の経過について兒島理事長以外の理事に対しては十分な説明も報告もせず、兒島理事長の意向のみに従い、他の理事らの意向を確認しようともしないまま和解交渉を進めているといったような不満を持っていた理事らの、原告に対する信頼を決定的に損なわせ、理事会における原告の解任の意思決定に至らせたものと窺われるところである〔前示一8、乙一六号証、須田証言、弁論の全趣旨〕。

しかしながら、被告の訴訟追行方針の変更を受けての原告の右のような対応は、平成六年二月以降被告の法律事務処理を行うようになり、別件訴訟を提起した平成一〇年二月当時は被告の法律顧問としての立場にあった弁護士として、諸般の事情を考慮すれば、学園の経営上も、別件訴訟の早期和解による解決の方針が妥当であるとする考え方に基づいてとったものと窺われるのであり〔前示一2、甲五号証、原告供述〕、右の早期和解による解決の方針も、それ自体としては一応の合理性を有する選択肢の一つであったことを否定する根拠は認められないところからすれば、右の原告の対応をもって、解任について受任弁護士である原告に本件委任契約上の善管注意義務違反があったものと認めることはできないものというべきである。

(三) しかし、他方では、基礎となる事実2ないし4及び前示一に認定・摘示した別件訴訟の提起・追行、和解交渉の経緯、原告の解任の経過等に関する事実関係に照らせば、原告の解任について、依頼者の側である被告に、みなし報酬請求権を発生させることを相当とするほどの帰責事由があると認めることもできないというべきである。

なるほど、原告も主張するように、一般論としては、被告が、別件訴訟を和解により解決する方針から和解はしない方針へ、その訴訟追行方針を変更させたとしても、その場合は、訴訟代理人である原告に対し、まず、新しい被告の方針に従った訴訟追行を行うように説明や打合わせを行う機会を持つのが相当であり、直ちに原告を解任する必要はなかったということができよう。

しかしながら、右の点について本件事案を具体的に考察すると、被告としても、別件訴訟の追行方針の変更を意思決定したことに伴って、直ちに原告の解任を決定し、突然これを原告に通告したというわけではなく、原告に対し、訴訟追行方針を変更し、和解はしないこととした旨の理事会の意思決定を、まず電話により連絡し、これに対する原告の否定的な反応を受けて、さらに、書面によりこのことを通知するとともに、訴訟の進行を中断する手続を取ってもらいたい旨の依頼をしているのであり(前示一6)、にもかかわらず、原告が直ちに右の依頼に応じようとせず、却って前示(二)のような趣旨の書面を理事らに送付するなどしたため、前示(二)のように、理事らの多くがそれまでの原告の訴訟代理人としての訴訟追行の仕方に不満や不信感を持っていたところから、原告は被告の訴訟追行方針変更の意思決定に従うつもりはないものと受け止められ、次回の和解期日が迫っていたことと相まって、比較的早い時期での原告の解任という被告の意思決定がされたものと認められるのである。

確かに、原告は、その当時、被告の法律顧問の立場にあった弁護士であり、別件訴訟の提起前からのナチュラルグループとの寄附金の出捐を巡る交渉の経過についても知るところがある人物であったのであるから、被告としても、原告解任の意思決定をする前に、一度は原告の考え方を確認するため話合いを行う機会を持ち、新しい方針に対する協力を得られないことが確認された段階で、解任の意思決定を行うという手順を踏むことが相当であったというべきであり、かつ、別件訴訟の進行がそのような手順を踏むことができないほど時間的に差し迫った状況にあったものとは認め難いところであるから、被告がした原告の解任の仕方は拙速であったといわざるを得ないし、また、顧問弁護士として学園に一定の貢献をしてきた原告に対し、礼を失したところがあったものと指摘することもできよう。とはいえ、もともと、訴訟の提起・追行に関する委任関係は委任者と受任者との高度な信頼関係があってはじめて維持されるべき性質のものであるが、本件においては、被告学園と顧問弁護士である原告との信頼関係は、学園の理事長であった兒島と原告とのいわば個人的な信頼関係に依存していたところが大きかったものと窺われるのであり、その意味では、被告の別件訴訟の追行方針の変更に伴い、兒島が学園の理事長及び理事を辞任した段階においては、もはや、被告学園と原告(兒島と個人的な信頼関係を形成してきた顧問弁護士の原告)との信頼関係がなお保持されるべき基盤自体が失われてしまったものとみられるのであり、このことも考慮すれば、被告の帰責事由の存否を判断する上で、右のように被告が原告を解任するについて相当な手順を踏まなかったことをことさら重大視して、この解任が被告の恣意による解任であると評価することはできないものというべきである。

4  右のとおりであるから、結局、本件において、本件委任契約書五条三項本文が規定する事由が存在したものと認めることはできない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第四結論

以上のとおりであって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川勝隆之)

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